俳優の桐谷健太さんが、芸能界を志した原点や、実際にデビューに至るまでの意外な経緯を明かしました。
11日に放送された日本テレビ系「メシドラ~兼近&真之介のグルメドライブ~」に出演した桐谷さんは、芸能界を志したのが5歳のときだったと告白しています。
5歳で受けた映画の衝撃と「目立ちたい」欲求
桐谷さんが俳優という職業に惹かれたのは、幼い頃に観たある映画がきっかけだったと報じられています。
桐谷さんは、その映画で少年たちが冒険している姿に強い憧れを抱き、「冒険っていうのも凄いうらやましかったし、しかも目立っているし、少年たちがこうやってやってる。これが職業だってどっかで分かって、映画が終わった後に立てなかったのよ」と当時の衝撃を振り返っています。
あまりに多くの感情が込み上げたため、「感動と悔しさとうらやましさといろいろ感じすぎて。その日の晩、湯豆腐くらいしか食われへんかった」と冗談を交えて語りました。
こうした「目立ちたい」という欲求は成長後も続いていたようです。高校時代には、「目立たないとって思った」ことから、自身が表紙となる「KEN'S NON-NO」という雑誌を自主制作したり、自作のブロマイドを配布したりといったエピソードもあったと伝えられています。
東京進学と偶然から始まったデビューへの道
俳優への志を抱きつつも、実際の芸能界入りは大学生時代、多くの偶然が重なったことで実現したと報じられています。
大阪府出身の桐谷さんは東京の駒沢大学に進学しましたが、入学式当日は「1人やし、東京初めてやし、めっちゃ緊張してた」状態だったといいます。しかし、講堂を出たところで可愛らしい女性2人に声をかけられ、テニスサークルへの入会を勧められたことが転機となりました。
サークルの先輩に「お前おもろいな。今日一緒にクラブ行かへんか?」と誘われ、代官山のクラブを訪れた際のことです。そこで桐谷さんはお立ち台で2時間ほど汗だくで踊っており、その姿を見たある人物に注目されました。
その人物は多くのクラブをオーガナイズする大物で、桐谷さんにモデル事務所を紹介したといいます。桐谷さん自身も、「やって来た東京で、いきなりゲイの人にナンパされて、その人にモデル事務所を紹介してもらったんです」と振り返っています。
そこからオーディション番組などを経て、現在の事務所と結ばれることになったと語られています。
苦労時代を経て「浦ちゃん」としての大ブレイクへ
2002年にドラマ「九龍で会いましょう」で俳優デビューを果たした桐谷さんですが、その後はオーディションになかなか受からない日々や、小さな役ばかりが続く苦しい時期があったと報じられています。
転機となったのは、2008年のドラマ「ROOKIES」への出演で、これにより知名度が向上しました。さらに2010年の映画「BECK」での熱演でエランドール賞・新人賞を受賞し、俳優として広く認知される存在となりました。
近年では、auのCM「三太郎シリーズ」の浦島太郎役(浦ちゃん)として絶大な人気を博し、CMで歌った「海の声」が国内外で大ヒットするなど、飛躍的な躍進を遂げています。
自身の現状について桐谷さんは、「僕自身、仕事への取り組み方とか思いとかは、ほんまに変わってないんです。言ってみれば“気づいてもらえた”という表現が近いのかな」と分析しています。
また、最近では後輩世代との共演も増えており、共演した影山拓也さんからは、礼儀正しく、大きな声で挨拶する気持ちの良い青年であるとの印象を語られています。
出典 スポーツニッポン テレビ東京 モデルプレス 桐谷健太の芸能界入りのきっかけはテニスサークル 先輩に「『今日一緒にクラブ行かへんか?』って…」 桐谷健太、芸能界入りのキッカケは“ナンパ”だった(Yahoo!ニュース オリジナル THE PAGE) 桐谷健太の妻はどんな人? デビューのきっかけが『ナンパ』だという噂の真相は – ライフスタイルメディア『grape』
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