俳優の桐谷健太さんが、自身の学生時代にまつわる驚きのエピソードを明かしました。特に注目を集めているのが、高校時代に自作のブロマイドを大量に配布したり、自作の雑誌を制作したりしたという行動力に満ちた逸話です。
これらのエピソードは、桐谷さんが23日に出演したフジテレビ「ぽかぽか」や、過去の放送、ラジオ番組などで語られたものです。
自作ブロマイド100枚を配布した経緯
桐谷さんは高校時代、「自作のブロマイド100枚を女子に手配り」という行動に出たといいます。これについて桐谷さんは、「焼き増しに一番お金を使いました」と笑いながら振り返っています。また、配布先は女子だけではなく、「もちろん男子にも」配ったと断っています。
この行動の背景には、「その写真が誰かの目に留まれば」という思いがあったと報じられています。また、当時は「今みたいにコンテンツもないですし、やり方が分からないから」という状況だったため、自ら動くしかなかったといいます。
使用した写真は父親の一眼レフを使い、鏡の前で自撮りしたものだったとのことです。周囲の反応について問われると、「半分は引いてたって聞きました」と苦笑いしており、別の報道では「だいぶ痛い! いま思えば」と当時の自分を振り返っています。
自作ファッション誌『KEN'S NON・NO』の制作
ブロマイド配布にとどまらず、桐谷さんは自分自身のファッション誌を制作するという行動にも移っています。
コンビニの雑誌売り場で目にしていた雑誌に対し、「なんで俺が載ってない?」という違和感や悔しさを抱いたことがきっかけで、「じゃあどうするか。自分で作るしかない」と決意したとされています。
雑誌のタイトルは『メンズノンノ』になぞらえた『KEN'S NON・NO(ケンズノンノ)』。制作にあたっては友人の協力を得て、占いのページや友人をモデルにした写真などで内容を充実させました。ただし、「表紙は俺にやらせてくれ」と懇願し、自分自身が表紙を飾ったといいます。
当時の時代背景として、コンビニにカラーコピーがなかったため、印刷会社に勤める父親を持つ友人に頼んで刷ってもらったものの、完成したのはわずか1冊だけだったと振り返っています。
さらに、大勢の人に見てもらうために、校長室へ行ってチラシの掲示を直談判したというエピソードも明かされています。表紙をコピーして校内に貼り出し、「見たいやつは3年7組桐谷まで」と記載したところ、同級生からは「まあまあ引かれていた」と報じられています。
芸能界への強い憧れと原体験
こうした破天荒とも言える行動の根底には、幼少期からの芸能界への強い憧れがありました。
桐谷さんは5歳の時に見た映画『グーニーズ』に衝撃を受け、自分と同じ年頃の少年たちが冒険し、目立っている姿に「こいつら、めちゃくちゃ目立ってるやん! 悔しい!」と感じたといいます。その日の晩ご飯が喉を通らないほど悔しく、「この四角(テレビ)の中に入る!」と決意したことが原点になったと語っています。
その後、中学生になった際にホームルームで配られた職業案内の本で「芸能界」という文字を目にしたところ、強烈な憧れがよみがえり、過呼吸を起こしてしまったというエピソードも明かされています。
この出来事を通じて、「このまま目をそらし続けたら過呼吸になる人生や」と夢を再認識し、「目立つしかない」と覚悟を決めたことが、高校時代の奔放な行動へと繋がったと考えられます。
多才な活動への繋がり
桐谷さんは高校時代、軽音楽部でボーカルのほか、ドラム、ギター、そして三線までプレイしていたといいます。幼少期から抱き続けた「目立ちたい」「表現したい」というブレない気持ちは、後の俳優活動だけでなく、歌手として『海の声』をヒットさせるなど、多方面での活躍へと結びついたといえるでしょう。
現在は第一線で活躍する俳優として知られていますが、その裏には、自作ブロマイドを配り、自作雑誌を作るという、なりふり構わず夢を追い求めた学生時代の情熱があったと報じられています。
出典 スポーツニッポン デイリースポーツ FLASH 桐谷健太、是が非でも芸能界へ…高校時代は自作ブロマイド100枚を女子に手配り→ハライチ岩井「やっべー!」 桐谷健太、是が非でも芸能界へ…高校時代は自作ブロマイド100枚を女子に手配り→ハライチ岩井「やっべー!」
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